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公明・神崎氏、引退 自公結びつけた立役者(産経新聞)

 公明党元代表で党常任顧問の神崎武法衆院議員(66)は1日の党中央幹事会で、議員辞職を正式表明し、了承された。早ければ6日の衆院本会議で辞職が認められ、遠山清彦元参院議員(40)が繰り上げ当選する見通し。神崎氏は辞職後も党常任顧問にとどまるが、自公連立の象徴的存在の政界引退により、公明党の進路はますます読めなくなってきた。

 「腎機能が著しく低下しており、政治家として活動を十分行う上で支障があると判断し、新年度がスタートする本日をもって辞職を決断した」

 党中央幹事会後、神崎氏は記者団に普段と変わりなく淡々と説明した。

 腎不全がわかったのは平成14年。15年12月には陸上自衛隊派遣の是非を決断するためイラク・サマワへの現地視察から帰国した直後に腹膜透析の手術を極秘で受け、その後は代表を務めながら、1日3回腹膜透析の器具を自分で操作し治療を続けてきたという。

 だが、神崎氏はそんな苦しみを周囲にはおくびにも出さなかった。連夜のように与野党幹部との会合をこなし、記者たちの取材にも快く応じた。神崎氏に近い党幹部でさえ「自分で透析をやっていたとはごく最近まで知らなかった」と驚きを隠さない。

 だが、昨夏の衆院選後、病院での本格的な透析治療が必要になり、神崎氏は引退を決意したという。

 神崎氏は昭和58年に初当選し、平成10年から約8年間党代表を務めた。11年に小渕内閣で自民、旧自由両党との3党連立政権入りを果たし、約10年間続いた自公連立を支えた。

 検事出身でいかつい顔立ちだが、人情家。親しかった若い政界関係者の死を悼み、形見の時計を10年近く身につけ、寅さん映画をこよなく愛する。

 一方、政局勘は鋭かった。13年の「えひめ丸」事件を機に森喜朗首相(当時)を退陣に追い込んだのも神崎氏だった。常に自民党の暴走を牽制(けんせい)するのが自分の仕事だと考えていたようで、自らも「自民党と距離感をいかに取るかがもっとも難しかった。言うべきことを言うべき時にいかに言うか、常に考えてきた」と打ち明ける。

 神崎氏は引退後は、地元・福岡東京を行き来しながら弁護士活動を始める考えだという。神崎氏という“名将”が去った公明党の痛手はあまりに大きい。(佐々木美恵)

                   ◇

【プロフィル】遠山清彦

 とおやま・きよひこ 40 公 新〔1〕

 党副幹事長(参院議員)東京都杉並区・英ブラッドフォード大院

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